今回の昔を語ろう会は、この地域で盛んだった産業?・・と言うのでしょうか。そういうお話です
※コーナー名の「昔を語ろうかい(会)」とは
生野地区(生野小学校校区)に実際に住んでいる方に集まって頂いて、昔のこの地域の様子を座談会形式でリアルに語ってもらう!という会のことで、それを記録する為、そのまま新コーナーとしました
みなさんの記憶をたどって、ゆる~い雰囲気でお話ししてもらう為、あいまいな場合・事実とは異なる場合があるかもしれないことをご了承ください
ちなみにですが、この会は地域の方なら誰でも参加することが出来ます
~今回の語り部~
進行→S/N/U
語り→Aさん73歳(45年)Bさん80歳(80年)
→→→Cさん74歳(50年)Dさん80歳(80年)
→→→Eさん61歳(61年)Fさん80歳(60年)
※( )の数字は居住年数です
Bさん「この辺(生野小学校)一帯にたまご屋があって、(その周辺に)鶏小屋がわーっとね」
Dさん「養鶏所ね」
広報U「ほか(養鶏所)はどの辺ですか?」
Aさん「朝日病院の東側辺りも養鶏所やったよ」
広報U「ここは養鶏所が盛んだったんですね」
Aさん「ここは土地柄、養鶏所が多かったよ。あっちもこっちも養鶏所やった」
Dさん「ここらへん一帯養鶏所やったよね」
Bさん「そうやね。このへんずーっと養鶏所やったね。かなり広い。」
広報S「いつぐらいの話ですか?」
Aさん「私が(お嫁に)来た時はもうすでにあった」
Fさん「40年(前)ぐらいちゃう」
広報S「田んぼはなかったんですか?」
Bさん「田んぼはないわ」
広報U「田んぼよりは養鶏所やったんですね」
Fさん「田んぼは生野小学校より下ぐらいから田島辺りまで」
Dさん「ずーーーっと田んぼばっかりやったね」
Fさん「何しろ、(当時は)道が汚くてね。養鶏所が多かったから、三輪トラックに魚のアラ乗せてね、通りはんの」
「うんうん」
Fさん「そしたらね、あの、垂れんのね」
広報U「液?」
Fさん「そう!液体が。ほんだらね、それが太陽に照らされたら、もうとんでもない臭いすんの」
笑
Fさん「もうほんとに、(ここは)なんちゅうところやろ思て」
「夏はとんでもない(笑)」
Fさん「ほんまに!」
広報S「鶏の餌が魚のアラなんですか?」
Dさん「(それは)養豚所の方(の餌)ね」
広報S「豚の餌?」
Dさん「うん。豚もいてたしな」
広報U「豚もいてたんですか」
Eさん「えー!豚もいてたん?」
Fさん「らしいよ。うちは知らんけど」
Dさん「うん。いてた」
Eさん「ニワトリいっぱい居てて、卵産ませてるとこはようあったけど」
Cさん「馬も通ってたって言うからね」
広報U「馬もいてた?!(笑)」
Cさん「うん(笑)」
広報U「動物がいっぱいですね(笑)」
「豚の餌が魚のアラで・・」
Cさん「豚は魚のアラでも皮でもね、何でも食べるからね」
Bさん「夏場は臭いがきつい・・」
FさんDさん「ひどいにおい」
Bさん「私ら病気になったら、近所のたまご屋さんに卵買いに行って」
広報U「出し巻きとかそういうのですか?」
Dさん「いや、生卵」
Bさん「そう」
Dさん「産みたてを買いに行くねん」
Bさん「もみがらみたいなんに、ばーっと(卵を)入れて」
広報U「小売りもしてたんですね」
Dさん「そうそう。してくれはんの」
Aさん「そうそうそう」
Dさん「ほんでね、(卵に)傷が入ったんあるやん?商品にできへんやつ。そんなんを分けてもらうねん。産みたてやからすごく良い」
Fさん「よう、あっこで分けてもうたな~」
広報U「そん時は卵は高くなかったんですか?」
Dさん「そうよ、今とあんまり変わらないねん」
Fさん「卵1個15円ぐらいやねん」
Dさん「あの頃の方が高かったかわかれへんな」
Fさん「うん」
Dさん「あ、でも、100円で10個買えたやん?今と変われへん」
Fさん「そうやね、今とえろ~変われへんね」※えろ~=大して
Bさん「そう言えば、卵の値段あんまり変わらへんわ~」
養鶏所参考地図(おおまかです)※上が北です